こんにちは(^^)/直日です(^^♪
お読みいただきまして、ありがとうございます。
心から感謝いたします(#^^#)
本日は、、、私たちの人生劇場を盛り上げてくれる、、、「感情と固定観念」についてのお話です。
感情が湧いてくる、、、というのは、「人間だったら当然」と思っていました。しかし、これも実は、、、
「固定観念」かもしれません。
この世は、ありとあらゆる固定観念で成り立っています。
個人個人が、成長する過程で、観念を結び付けていくんですね。
たとえば、、、
「男→暴力的」
「男→頼もしい」
「男→寡黙」
「男→やさしい」
どれも、、、同じ「男」ということばについてのイメージです。
どうしてこうも解釈が違ってくるのでしょう(・・?
「男→暴力的」と「解釈」した人は、「お父さんが暴力的だったかもしれません」もしくは、「お友達の
男の子に苛められたのかもしれません」もしくは、大人の人に「男は暴力的よ」と教えられたのかも
しれません。
可能性をあげればきりがないですね。
「男→暴力的」と信じていた人は、、、「男の人」に対して、どんな固定観念を持っているでしょう?
きっと、「男の人→怖い、悪い」という、「思い込み」が潜在的に残ってしまうことでしょう。
逆に、「男→やさしい」と「解釈」した人は、「お父さんがやさしい人だった」かもしれませんし、「近所
のお兄さんが優しく遊んでくれた」のかもしれません。大人の人に「男の人は、やさしくするものよ」
と教えられたのかもしれません。
「男→やさしい」と信じていた人は、、、「男の人」に対して、どんな固定観念を持っているでしょう?
きっと、「男の人→良い人、好い人」という、「思い込み」が潜在的にあるでしょう。
上記の二例だけでも、、、「男の人」に関する固定観念は真逆になってしまいますね。
ある人は、「男の人」に会っただけで、、、「怖い、いやだな」と思うかもしれません。
別の人は、「男の人」にあって、「頼もしい、うれしい」と思うかもしれません。
そのどちらの「感情」も「善悪はない」のですね。単に「固定観念のしわざ」なんです!
なぜ、「恐怖」や「感嘆」の感情が湧くのでしょう(・・?、、、前提に「固定観念」があるからなのです。
「男の人は怖いもの」という前提(固定観念)があるから、「男の人の乱暴な言動」には、「怒りや悲
しみの感情」が湧きます。
「男の人は怖い」という固定観念が、投影されて、、、現実に「乱暴な男の人」が現れます。
ここで、、、やはり、男の人は嫌なものと思い続ける限り、「同じような出会いを繰り返し」ます。
「原因」は、「怖い男の人」ではなくて、、、「自分自身の固定観念なのです」。
そうして、自分の「固定観念」(この場合は、男の人は怖いという思い込み)に、「あ~思い込みだっ
たんだ」と気が付けば、解消されます。もう、「怖い男の人」に会う必要はなくなります。
「感情」があふれたら、自分の「固定観念」に気づかせてくれるチャンスなのですね。
固定観念に気が付けば、なくなります。
上記の「男の人」の例にしても、、、
「固定観念がなくなったら」、、、どうでしょう?、、、良いも悪いもないし、怖いとか優しいとかの決め
つけもない、「ちょうどいい状態=ニュートラル」でいられますね。
感情に振り回されることなく、経験を楽しむことができます。
このようにして、「固定観念」に、、、「ありがとう、さようなら」をして、
これからは、「ニュートラル」に人生を楽しみたいですね。
最後までお読みいただき、ありがとうごじました。
心から、感謝いたします(^^)/
直日(^^♪
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